バスと鉄道を使って小岩井農場へ行く

確か今年に入ってからだったと思うが、小岩井観光線と網張線(共にバス)が従来の国道46号繋十文字より県道219号に入るルートから、仁沢瀬交差点(安曇野と言う名の蕎麦屋がある交差点)より小岩井駅を経由するルートに変わった。
これにより、小岩井農場へ行くルートに田沢湖線を組み込む事が出来る様になったので、実験してみた。
丁度、よさこいさんさが市内で行われるので小岩井農場へ逃げるには丁度よい日和である。

使用したのは盛岡駅を9時46分に出る雫石行きの普通列車
これを逃すと電光掲示板の通り12時38分まで普通列車は無い。
昔は11時台に一本あった気がするけど、この方が使いやすいのかな?
各駅停車が無い時間帯は秋田新幹線が片道だけで4本通過します。

車内はこんな感じである。
一両で充分な輸送量である。特に二両目はスカスカ。
私が雫石へ頻繁に行っていた頃はもう少し人が乗っていた気がするけど。
道も立派だし、バスは一時間おきだし、それに比べて鉄道は安いし速いけど本数が少なくて、しかも規則性の無いダイヤで使いづらい。これはもう勝負あったなって感じですよ。

大釜で4分停車し、数分走って小岩井に到着。小岩井までは280円。
4組くらいの人間が降りたけどバスに乗るのはどうやら我々だけらしく、静かな駅前で数分バスを待つ。

すぐに来たのは盛岡バスセンター行き。これではない。
因みにこのバスを降りて30分くらい待つと盛岡行きの電車が来る。けど多分バスを乗り通したほうが早く盛岡市街に着く。

8分ほど待つと今度は目当ての小岩井農場まきば園行きが来た。
どれくらいの人間が乗っているかは数えなかったが、10人くらいは乗っていた気がする。
10分ほど走ってまきば園に到着。

料金は340円。
盛岡駅から「まきば号」を乗り通すと700円なのでバスと田沢湖線利用では80円の特になる。
たったの80円差だが、腹痛がいつ襲ってくるか不安な私なので、道中電車が使えるというのは(トイレの心配をしなくていいので)有難い。

余談だが、小岩井農場では自転車を貸しています。広い場内を巡るのにどうぞと言ったところでしょうか。

  • ここらへんでまとめ

今回、行きは鉄道とバスを利用できる事が証明されたが、帰りはバスで帰ってきた。
理由は簡単。接続が悪いのだ。
小岩井駅を電車が出るのと、バスが小岩井駅に着くのが同時だったり、タッチの差で間に合わなかったり、30分も待たされたりと、なかなかいい感じに乗換えが出来ないのだ。
バスはせっかくパターンダイヤ(確か毎時8分小岩井駅発)になっているのでそれを崩すのはもったいないし、かといって田沢湖線秋田新幹線との兼ね合いも合って、数分ずらすのも結構難しいと思う。
解決策として私は、繋・小岩井線を利用した小岩井駅での乗り換え改善を提案したいんだけど、どうだろうか。
それにしても、小岩井発繋温泉行きの本数減ったなぁ。
昔は
雫石駅→(温水プール行き)→小岩井農場まきば園→(繋温泉行き)→繋温泉→(太田経由盛岡バスセンター行き)→盛岡駅
なんて面白乗り継ぎルートを見つけることも出来たんだけどね。

ではまた。

岩手県交通
http://www.iwatekenkotsu.co.jp/
網張温泉線・小岩井観光線(時刻表・pdf):
http://www.iwatekenkotsu.co.jp/rosen-jikoku/kaisei-henko/20120402/morioka/amiharionsen-koiwaikankou-noujo.pdf
繋・小岩井線(時刻表・pdf):http://www.iwatekenkotsu.co.jp/rosen-jikoku/kaisei-henko/20120402/morioka/tsunagi-koiwai.pdf

まさかの復活


まさか羽田線が復活するとはな。
まぁ、中越地震の時も新潟−羽田線が3往復運行されたから、新幹線の運休と航空路の復活はほぼイコールなんだろうな。
花巻には行っていないけど、使用機材とかいろいろ気になるなぁ。
なんせ花巻には久々に顔を見せるMD90だもの。
因みに運賃は22000円。
JAL−航空券 予約・空席照会・運賃案内−http://www.jal.co.jp/

短距離利用の新幹線

ちょっと思い立ったので盛岡から雫石へ行く事にした。
公共交通の選択肢は

の3つだが、田沢湖線は昔から「もうちょっと頑張って欲しい」程の本数しかなく、時間も不揃いなので思い立って利用するのには向いていない。
バスは盛岡バスセンターを毎時50分に出発し、00分に盛岡駅を出るようになっている。
今回は11時の便を使おうと思ったのだが、年末と言う事でなぜか11時の便が運休に!
休日ダイヤだと10時の便も運休なので、休日を基本とした年末年始特別ダイヤになると9時から12時まで雫石行きのバスは無いのだ。
新幹線はそもそも雫石に止まる本数が少ない。盛岡駅から近いのもあってか折角、開業を期に駅舎を新しくしたのに勿体無い。
だが、今回は新幹線を使う事にした。それは過去にこんな事を聞いたからだ。
「この時間(18時頃)に新幹線が停まってくれれば1000円くらいかかっても通勤に利用するのにね」
確か、駅ナカにあった町立図書館の人が言っていたと思う。
方向は逆だし、時間も全く違うが新幹線を使って雫石に行ってみよう!

いつもは左側の改札だが、今回は右側だ。
上の画像に至る前に、雫石行きのバスが来ていた。
盛岡駅で時間調整をしていた。

元・淡路交通所属。
改札を入ると、さんさ踊りパレードの人形がお出迎え。

駅長が先頭で踊っているが、事実駅長は開催3日間踊っていました。

ホームに立つと、盛岡はやてが到着していました。


けっこう利用されている感じです。
そんなこんなでいろいろしているうちに東京方から「こまち」が到着。
特定特急券なので空いている席に座り、快適な旅を楽しみあっという間に雫石に到着。

降りたのは大人子供含め3世帯10人と言ったところ。
盛岡駅ではこまち発車のおよそ10分後に普通列車が出るのでもしかしたら盛岡駅普通列車に乗り換えた人もいるかもしれません。

帰りは、普通列車を利用しました。
当然利用客は新幹線より多かったです。途中の小岩井、大釜での乗車も含めて40人くらいは乗っていたかな。

  • 結論
    • 新幹線の短距離利用はまず居ないと思う。
    • 田沢湖線の下り普通列車は、新幹線を追いかけるように組んでみるといいかも。
    • 田沢湖線の上り普通列車は、新幹線から逃げ切るように組んでみるといいかも。

まぁ、新幹線使う人は盛岡まで車で送ってもらうんだろうけど。

遂に来るのだ!

盛岡に欲しいなと思っていた物のひとつ。

存在は今年の4月頃にやっていたテレ東系のニュース番組WBS(ワールドビジネスサテライト)で知っていて、出店形態から
「これなら盛岡にも出来るんじゃない?」
なんて思ったりして、やっぱりここは川徳が交渉して緑ヶ丘のアネックスとか微妙に華のない本店の6階とかに出店すればいいなとおもっていたらフェザンの地下に出来るとはね。
因みにトラックマーケットとは東急ハンズの一形態で期間限定。直営ではなくFCで或る事などが特徴。勿論規模は小さいだろうけど、なかなか面白い試みだと思う。

東急ハンズhttp://www.tokyu-hands.co.jp/

市長の定例記者会見の内容がアップされていた。

そもそも桜山境内地の問題は、市長の発言で世間の知るところとなったのだ(あくまで建物を建てること云々について、商店街撤去云々は商店街設立当時から分かっていた事)。それとも河北新報だったっけ?

ウェブもりおか:市長室:市長記者会見:3.桜山神社参道地区の将来像について
http://www.city.morioka.iwate.jp/02kikaku/koho/koho/cur.html#03

市の人大変だなぁ。
まぁ、市長も話し合いたいと言っているので、そのうち話し合いの機会もあるんじゃないでしょうか。
あと、やっぱりと言うか何と言うか13日の説明会は関係者向けだったのね。そりゃ資料も20部程度な訳です。

桜山境内地の問題について(都市公園の問題)

以前私は、
「史跡指定はそのままでいいので公園の指定を解除してくれ」
と書いた。

説明会に参加の巻き。:http://d.hatena.ne.jp/maksim727/20101020/p1

理由は同じく以前書いたのせ再びここには書かないがそういうことだ。
ところで、何で説明会の時この事を質問する人がいないのだろうと思っていたら、昼の部で質問した人がいたらしい。

誰が指示したのか?・・・・・・・桜山史跡保存計画
http://crossroad3.exblog.jp/tb/14254590:マヌーシュとブルーズ Live Bar CROSSROAD

回答は

現在は発見されていない史跡が遠い将来発見される可能性がある。

と言う事だったそうだが、これを理由として市が公園指定を解除しないのは何と言うか権力の乱用ではないだろうか。と言うのも都市公園というのは史跡の保存とか保全地方公共団体に委ねていないからだ(だからと言って史跡をどう扱ってもいいかと言うとそれはまた別の話なのだが)。
では簡単に解除できるかというとそういうことでもないらしい。
それは都市公園法第十六条にそう定められているからだ。かといって全く廃止できないかと言うとそうでもない。
もうこうなると都市計画の専門家に依頼して解除の道を探ったほうがいいんじゃないかと思えてきた。ただ、史跡指定の解除よりはずっと簡単そう。
都市計画の実行に期限を定める条項でもあれば、地主側から都市公園の解除を申請する事も出来るんだろうけどねぇ。

桜山境内地の問題について(桟橋店舗の歴史)

先日、某所で「史跡解除は可能」との書き込みを見つけ、そんな先例があったのか?と思い、続きを読むと案の定、亀が池の道路の話だったので、果たして本当に解除されたのか疑問に思い調べてみた。
結果、市販されている書籍程度では解除されたか否かは分からなかったが、あたった書籍3冊のうち2冊は「部分的に解除されたようだ」となっているので、まぁ解除されたのかもしれないなぁと思う事にした。まぁ、史跡指定の解除なんて商店街側は訴えていないようだし、私も、国民の財産である史跡を安易に解除するように要望を出すのはお勧めできないので、この話はこの程度に。
 さて今回、調べ物をするうちに例の東大通の桟橋(市道内丸大通三丁目線含む)を整備した市職員の話が出てきたのでここに、当時の話を抜粋する。

当時は、桜山神社境内の他に、亀が池の岩手公園側(武徳殿があった辺りの池端)にも引揚者の店舗があった。
そのうちの数店が違法に増築を繰り返していた。
その状況を見て市が代執行をする事になった。が、なんとかならないかと思い、実際に違法に増築をする人達に事情を説明に行った。すると、単に代執行をすると生活に支障が出るだろう事が分かった。
当時一体は外地からの引揚者が多く、池も往時の面影は無く悪臭やメタンガスが発生してまさに都心の恥部であった。
市では堀を戻すか、池を埋めて商店街にするか公聴会を開いたりした。結果、市道とする場所は埋め立て、店舗は桟橋を整備しそこに移設する事とした。
この計画について石川栄燿(市の顧問であり、元・東京都建設局長)の指導を仰ぎ立案した。
1、市道内丸大通り三丁目線(中の橋大通線?)は都市計画事業で整備
2、両池の土堤にある建物は境内を区画整理して収容
3、公園側の亀が池土堤の建物は桟橋に期間限定で収容
4、収容期間は5年
桟橋の橋脚は木造とする案もあったが、店舗が無くなったあとに遊歩道にする為、鉄筋コンクリート製とした。梁も同じ。
桁・床は木造。私有林のアカマツを切り出して使った。
桟橋完成後占有者の手により間口1〜1.5間、奥行き2〜5間の木造二階建ての仮店舗が30戸作られた。
それを見計らい、亀が池の岩手公園側にあるバラックが撤去され、公園として整備された。
この桟橋は大通りと河南地区を結ぶ為、予想以上に繁盛し、占有期間が守られず、居住者も現れた。
やむなく市は使用契約の更新を続けた。
が、国体開催が近づき、木造の仮店舗も美観上よろしくない感じ(老朽化など)になってきたので、撤去する事となった。
撤去に際して、移転先を探す事になり、黒石野の新築民間ビルなどを斡旋。それでも上手く行かなかった人には、青山の国有地の払い下げを受け、市が一家に店舗を構えた団地を造成し、そこに移ってもらった。
店舗としての使命が無くなった桟橋をいよいよ遊歩道として整備する事になった。
木造桁橋で高欄も和風のものにしようと計画を立てた。
工事が始まると文化庁から「工事を中止し現状に復旧せよ」との要請があり一時中断。
文化庁に出向き、説明の結果橋脚は既設の物を使い、上部は補強して使う事となった。
昭和46年に遊歩道完成。
道路部分のパーキングスペースは美観上残念だ。

と、言う事だそうな。
もしかしたら、この当時の悪臭を放つ池というイメージを持ってあの周辺の商店街を良く思わない人もいるのかもしれない。それにしても当時は戦争の傷跡が癒えない中であったとはいえ文化庁、柔軟だなぁ。いや、もしかしたら今でも柔軟なのかもしれないけど。