木々について2

さて、今度は都心の商業区の街路樹の話。
街路樹ってのは結構、キツイ場所に立っていると思う。都心で車通りの多いところなんか特にだ。
わが街盛岡でも中央通(特に官庁街付近)の栃の木なんか頑張ってるなあと思う。あの栃の木は植えられてからもう40年くらいは経つのだろうか(官公庁団地造成後に植えられたと仮定して)。
お隣の仙台に目を移せばこれまた、青葉通り・広瀬通定禅寺通りと見事な並木道がある。これは戦後の都市計画に基づき造られた大路に10m間隔でケヤキを植えて出来た見事な景観だそうで、植樹の時のベテラン植木屋と見習いの植樹間隔についての話とか、木が邪魔で信号が見えないとかの苦情に対する行政の苦労話とか、挙げればきりが無い程、面白い話があるようです。
都市計画について言えば、京都が平安時代の都市計画の代表とすると、江戸時代は金沢、大正時代は小樽、昭和が仙台となるそうです。明治は無いけど多分東京の下町辺りなのだろう。
さて、仙台でもご他聞に漏れずLRTの話が持ち上がっている。見た感じ具体的な案に至っている風でも無く、現市政の地下鉄東西線に反対してLRTを持ち上げている感じなのだが、これが並木で有名な青葉通りを通す事になっていて、なかなか面白い(LRT側のルート予想図が無かったので、断言は出来ませんが、想像図とか文中に青葉通りを通すと思わせる所が色々ありますので、多分、青葉通りに通すんだなと解釈しました)。
都市計画の実施時期から考えるに、仙台市街の並木の樹齢は、もうすぐ60才になるのではなかろうか?木って言うのは基本的に寿命は無いそうなのだが、これは重力とか、木にかかるストレスを無視した場合の事で、通常の樹木には勿論、命が尽きる時が存在する。交通量が多く、根にも葉にもストレスがかかる街路樹なら尚更寿命は短いだろう。台風とはいえ、なぎ倒された街路樹の話は最近多い。恐らく戦後の都市計画で植えられた街路樹の寿命はもう長くないのではなかろうか?
そんなところに軌道を通したら、それが地下だろうが地上だろうが、より街路樹の寿命を縮める事が分からないのだろうか?
LRTを青葉通りに通したいなら、そこに立っている街路樹の植え替え時期を考えるべきだし、青葉通りのケヤキ並木を守りたいなら、そもそもLRTを持ち上げるのもおかしいと思うのだ。
と言う訳で、具体性の無い対案が多くの矛盾を孕んでいる事の恒例として、仙台を挙げてみました。
因みに、仙台地下鉄東西線計画は財政的に無理があるんじゃないの?ってのが、LRT派はじめ、東西線建設反対派の言いたい事みたいです。
私が思うに、仙台の場合は地下鉄もLRTも要らなくて、都心部の幹線道路を一通にして環状線
化すれば結構、渋滞なんかは解決するんじゃないかと思いました。図のような感じで。


八戸とか大阪ではそんな事してたような気が。