建物の問題

昨日の話を整理するとこうなる

  • 日本の道は狭い
    • 車が無かった(歩き中心)為、そもそも拡幅の必要が無かった。
    • 昭和の中ごろまでは道路の改良より、鉄道の敷設が中心だった。
    • 増大する車に対応する為に、急遽、舗装した道が大半。

上の理由等から、歩道が無く交通量の多い道がまだまだある。
そこで、拡幅する必要が出て来る訳だ。しかし、拡幅前と拡幅後で街の景観は一変する。味のある建物群(例えば町屋群とか)が消滅し、代わりに味気ないビルや、一戸建ての住宅が姿を現すのだ。
そこで、思ったのですけど、アパート型高層(3〜5階建て)町屋ってのはどうでしょう。
町屋(商家)ってのは、簡単に言うと、中世から続く建築様式で、主に商売をしていて、商店主と、その家族、奉公人が同居している建物です。しかしながら、この様式で現代にそのまま建てるのでは、非効率な建物が出来るだけです。現在の町屋ってのは、ウナギの寝床の様に奥に長い家に一世帯の住人しか住んでいないのが殆どと思います。現代に奉公人制度なんてありませんからね(少しは居るのかな)。つまり、町屋が建ち並ぶ風景ってのは意外と街の収容率には貢献していない訳です。
却って、最近目立って来た味気の無い高層マンションの方が役に立っているわけです。
しかし、あの街並みは見事です。美しいです。あれが連続美って奴なんでしょうか?木と瓦と漆喰の芸術です。そこで、その美を崩さないように、ある程度の面影を残しつつ高層化するのです。そして、高層化した中身は

  • 5F住居
  • 4Fアパート
  • 3Fアパート
  • 2F事務所
  • 1F商店

なんて出来ないもんかと。
コレが出来れば、ある程度の拡幅も、許容できるのではないかと思ったのです。
さて、これが出来てもまだまだ問題は山積みなのですが、それはまた後で。
前回の話

  • 余談

どうやら我が町盛岡でも、LRTの研究会が出来たようだ。
盛岡にLRTを走らせ隊
名前に真剣実が感じられないと言うのが第一印象でした(本人達は真剣だと思うけど)が、「○○国民会議」とか「○○実行委員会」みたいな強引な巻き込み感が無くって良いんじゃないかなあと思いました。
定期的な勉強会も開かれているようです。私はもし勉強会が公開されていても行くつもりは無い(以前、馬車を盛岡に走らせる会とか言うののミーティングに行ったら、出席者が見事に関係者ばかりで、なんか引いた)けど、行く末は見守りたいと思います。