酒田の旅3

昼食を食べ、丘の上にある神社を目指していると偶然にも「山王くらぶ」という料亭を一般開放した施設を見つけた。

目の前にキャバレーがある。

そんな場所である事を現役施設で知ることが出来るのだ。
中ではつるし雛を飾っていたり、北前船の模型を展示していた。
この後もいろいろ行ったが、まぁ金持ちが居たからこそ支えられていたような街で、料亭やら神社が多いと言うのが初日の印象だ。金持ちの商人と、貧乏な農民は居るけど、中間の武士は居なかったのかもしれない。武士は鶴岡に居たのだろう。
あと、観光に関して言うと、寺社沿いに歩けば主要な観光地を巡る事が出来、地図が無くても問題ない感じだった。小さい街の特権だと思う。
二日目は早速、山居倉庫へ向かう。

見事な倉庫だが、この手の倉庫は羽越線沿線には割りとある。余目駅前にある倉庫もなかなか見事。さすが稲作地帯だ。
そんな庄内にあって、街の中にあり他にも見所が多く、早くから観光資源として注目されていたのが山居倉庫なのだと思う。倉庫自体は現役施設なので内部の大きさを一体的に感じるのは難しいが、裏のケヤキ並木とかお稲荷さんとか色々と絵になる風景が散らばっている。
資料館も上手くまとまっていて良い。ただ、後半は山居倉庫と関係ないので、もっと倉庫の存在意義とか価値に注目した資料館にした方が良いのではないかと思った。
倉庫を出て、ずーっと海沿いを歩き日和山を裏手の坂から挑む。

こんな裏手にさえ、いい感じの建物があるから注意が必要だ。
魅力的な下り坂を降り、美味しいおにぎりを出す米穀店で買い物をし、

近くの踏み切りを渡るといきなり出てくるのがこの施設。

明治あたりの生き証人が山居倉庫なら、こちらは昭和の生き証人だ。壁の黒いウネウネっとした塗装は汚れではなく迷彩なのだそうな。今は土地共々売却先を探していえるそうだが、観光資源としてはこちらも使えると思う。いかんせん場所があれなんだけど。
倉庫って観光資源だなぁとつくづく思う。
そんなこんなでうろうろしながら途中、琢成地区のコミセンでトイレを借りつつ、バンクーバーに気を取られていると相馬楼に辿りついた。

つくづく酒田は都市観光に向いている。
と、こんな感じで酒田を巡り、磐越西線で新庄へ抜け、リゾートみのり東北本線へ抜け、盛岡へ戻った。

リゾートみのり」が酒田発ならもっと良かった。